トム・ワトソンとキャディーの感動の奇跡!6月12日「マツコ&有吉の怒り新党」新3大で、米プロゴルファーのトム・ワトソンの50代からの活躍が特集されました。長年連れ添ったキャディーに捧げた奇跡のプレーが、心打たれる感動の結果を生む涙のお話でした。
6月12日の怒り新党の「日本人が知っておくべき新3大」は、
「トム・ワトソンの50代からの復活劇」
トム・ワトソン:
アメリカのプロゴルファー
1071年にプロゴルファーになり「新帝王」と呼ばれた
1970年代〜80年代半ばまで、メジャー大会で8度優勝、ゴルフ界のトップへ
88年世界殿堂入りを果たす
しかし30代半ばを過ぎると、ぱったり勝てなくなってしまった
一般的にゴルファーのピークは30代
ピークを過ぎた50歳代のゴルファーは、通常シニアツアーで戦っている
ゴルフ界は、シニアプレーヤーが若い選手と一緒に活躍するのはとても難しい世界
ワトソンは、50歳を越えてからどおレギュラーツアーで活躍をみせたのか?
〜1つ目の新3大〜
2003年6月全米オープン (トム・ワトソン53歳)
長年連れ添ったキャディーのブルース・エドワーズのために、ピークを過ぎたゴルファーが再び輝きを取り戻す復活劇です。
ブルース・エドワードは、30年に渡りワトソンのキャディーを努めた優秀な相棒
そんなブルースが、ALSという難病にかかり、余命1年を宣告されてしまう。
2003年全米オープンツアーは、ブルースの余命宣告から5ヶ月後のこと。
王者タイガー・ウッズを含む、若くて実力のある選手が参加していた中、20年もメジャー大会で勝利のない53歳のワトソンが参加、周囲は誰も期待していなかった。
この大会も闘病中のブルースがキャディーをし、誰の期待もない中、ブルースと2人3脚で淡々と試合を進めていた。
ワトソンが落ち目になったとき、周囲は他の選手のキャディーをすることをブルースに進めたが、ブルースは迷い無くこれまでワトソンを支え続けていた。
ワトソンがブルースのために復活劇をかけた大会、ブルースの芝のよみを信じてパットを打ち続けるワトソン、気づけば首位まで2打差の好位置につけていた。
7番ホール、10mのパットを決めれば2位まで浮上のチャンス
ブルースはワトソンのよみを信じる「6m右方向へスライス」
ワトソンの打ったパットは綺麗にホールに向かっていくが、ボールは入り口でストップ
2人の思いをのせたボール、、、
ワトソンがボールに向かって歩み寄る間に、まるで神様に後押しされたかのように、静かに転がり落ち、見事にカットイン!
まるで優勝したかのような大歓声に包まれる
勢いにのったワトソンの快進撃は止まらない
永遠にこの時間が続けばと、大舞台を楽しむ2人
53歳で出場したワトソンは初日トップの記録を得る。
53歳での初日トップは、史上最高齢の記録。
残念ながら最終日は28位でフィニッシュとなるが、
ブルースと2人の復活劇が観客の心を打った、ワトソンがブルースに捧げた試合!
この10ヶ月後、ワトソンと共に戦い続けたブルースは、49歳で人生に幕を下ろします。
これまでキャディーさんは、かばん持ちというイメージだったが、そのイメージを崩し芝をよむなどプレイヤーと対等の立場で戦ったキャディーさんは、彼が始めてだった。
長い間お互いを信じて共に戦うプレーヤーとキャディーの関係性に、心打たれました。
ワトソンの20年もの間の勝ちのない時代。
そんな長い年月を周囲の意見に惑わせる事無く一途に支え続けたブルースの真っすぐな人柄と強い思いに、感動で胸が一杯になりました。
人は自分にとって都合のいい方になびいてしまうものです。
損得を考えずに、他人に尽くす人生を選択できる人はなかなかいませんよね。
ブルースの強い思いと同じ思いで信頼を寄せるワトソン
こんな普通では考えられない強い絆があるからこそ、シニアという枠を越えてだすことのできた奇跡の結果だったのでしょうね。
この後のハドソンの人生に、ブルースが生きていることは間違えないと思える結果を、ハドソンはこの後でも残します。
〜2つ目の新3大〜
2009年全英オープン(ワトソン59歳)
ワトソンはブルース亡き後もメジャー大会に挑戦し続けていた。
とはいえ60歳目前のワトソン、人工股関節手術を行い身体の衰えは隠しきれずにいた。
この時ワトソンは59歳、メジャー大会出場枠60歳のギリギリ、もちろん最年長で
世界ランク1374位という誰の注目も集めない位置にいた。
風が強く、芝目を読むのが難しいコース、王者タイガーウッズでさえも、打った球を失い大捜索するほど苦戦を強いられた大会。
そんな中、ワトソンは難しい芝目を確実に読み、ミラクルショット連続で快進撃を続けていた。
そして誰の注目も集めないシニアゴルファーは、いつのまにかトップの座に躍り出ていた。
最終日、17番ホールを終えても単独トップのワトソン。
もしこのまま優勝となれば、142年前に46歳で優勝を果たした最高齢優勝者を、13歳も塗り替えることとなり、奇跡としかいえない結果となる。
しかし後1歩のところで及ばず、ワトソンは2位でフィニッシュとなってしまう。
しかし敗者ハドソンに対して会場のスタンディングオベーションは鳴り止まず、メディアもワトソンの大活躍をたたえた。
このワトソンの活躍で、全英オープンの年齢制限が変更される。
過去の優勝者が10位以内に入れば、その後5年間は出場可能となった。
つまりワトソンは64歳まで出場可能となった。
ゴルフ界の制限すら動かしてしまったハドソン、底知れぬゴルフへの思いに感動しました。
1つのことにココまで真っすぐに真剣に生きれる彼だからこそ、故ブルースも自分の人生をかけてついていけると思えた人だったのかもしれませんね。
人生をかけるだけの価値のある他人
ワトソンの生き方にとても興味を持ちました。
本を出していたら買ってみたいです。
良いモチベーションをたくさんもらえそうですよね。
〜3つ目の新3大〜
2011年7月全英オープン(ワトソン60歳)
ゴルフの聖地とよばれる「遷都アンドリュース」での全英オープン
遂に還暦を迎え60歳になったワトソン、5年に一度しか開催されない聖地での大会
昨年の聖地での2位の結果に周囲は期待をかけるが、ワトソンは衰えを技術でカバーできず、2日目にして予選落ちが確定してしまう。
2日目最終ホール、同じ組でまわっていた日本の石川遼選手に歩み寄り
「君は素晴らしい選手だ、何もかえずに頑張れ」とメッセージを託す
試合後、石川遼選手は、この時のことを「ワトソンとプレーできたことが、ゴルフ人生で転機となる。絶対に忘れない。」と涙を涙しました。
聖地アンドリュースの橋で手をふるワトソン、この橋は、今まで名選手が引退をするときにのぼる場所。
誰もが一つの時代が終わったと思った瞬間だった。
しかし、試合後の会見でワトソンは、
「これまでの選手は、ゴルフ界を去る時にあの橋にのぼった。
しかし私は違う。」
と言い残し、ゴルフの闘志には衰えがなかったことを証明
翌年2011年全英オープンに61歳で出場、ホールインワンの結果をたたきだし好成績でフィニッシュする。
ワトソンの人生をかけたゴルフというスポーツ、私もかなり興味がわいてしまいました。
わたしはこれまで全く興味はありませんでしたが、そんな無関心な人の心さえも動かせてしまうほど、ワトソンの生き方が与える影響は大きいです。
ワトソンが自らの活躍で塗り替えた規則、あと2年全英オープンに出られるワトソン、まだまだ私たちに奇跡を見せてくれるかもしれませんね。
ワトソンは多くの若手選手にいろいろなアドバイスを送り、自信を授ける人格者として知られているそうです。
ゴルフへの熱い思いを人生を通して持ち続ける、強い思いで実践し続けるプレーヤー、とてもかっこいいですよね。
どんな状況でもずっと続けるワトソンの強い思いに感動し、自分のやる気もかきたてられました。
自分も頑張っていこうというモチベーションがあがりました。
2013年全英オープンが、7月18日から始まります。
トム・ワトソンの思いの詰まった熱いゴルフに声援をおくりたいですね。